北朝鮮渡航記 第1話 私が北に行ったわけ
★この文章はかつて別なブログに載せたものを再び載録した。
前回掲載時の文章をじじいのフィルターにかけ大幅に編集している。
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1992年の夏、草野球の帰りにのせてもらった車の中で編集のKさんがなんだか重々しく切り出した。
「お前、元撮影だよな」
そう私は元々アニメの撮影をしていたのだ。当時は駆け出しの演出である。
Kさんは何かいわくありげな雰囲気を漂わせている。
何か新しい仕事の話しだろうか?
「そうですけど、何か?」
新しい仕事だったらいいなあと思いながら恐る恐る返事をすると、帰ってきた答えは予想外のものだった。
「北朝鮮に行ってみたくない?」
「はあ?」
私は返答に詰まった。アニメの撮影と北朝鮮をどう結びつければよいのか分からなかったからだ。
「実はな──」
Kさんが言うには、北朝鮮の首都平壌に国営のアニメーションスタジオがあり、そこが外貨獲得のため日本と仕事をしたがっているという。
何でも前に北朝鮮の映画祭みたいなイベントが日本で行われた時にKさんが力を貸したことがあって、その時のつてで打診されたとのこと。
ただ、その国営アニメーションスタジオがどの程度の実力があるのか全く分からないので、一週間ほど業界人の視察団を数名送ることに決めたそうな。
できれば知り合いの方が旅も楽しかろうということで私に声をかけてくれたのだ。
しかも旅費滞在費は向こう持ちだそうだ。うわあ、すげえや!
しかし私は悩んだ。北朝鮮には行ってみたいのはやまやまだが、行くと先の仕事をキャンセルしなきゃならない。
フリーの演出なので休みはそのまま無職につながる。
視察団のスケジュール通りに休むと翌月はノーギャラになってしまうのだ。
しかし私は行くことに決めた。
なぜなら、こんなにおいしい条件で、いやいや、アレな国へ行き向こうの業界人(ゆうじん)たちと友好を深められるチャンスが来る日は今後千年生きても無いと思ったからだ。
実際あれから30年なにも無かったし。
私はKさんに北朝鮮に行きたいと伝え、さっそく渡航の準備に入った。
まず後輩と入念な打ち合わせをした。この後輩は北には行かない。
どういう打ち合わせかというと、
「まず、俺が帰ってこれなかった時ことを考えよう。きっとお前宛に手紙が届くはずだ。その場合は手紙の文面なんか見なくていいから。たぶん──僕は元気でやってます。ここはなかなかいいところです──みたいな内容だから」
「じゃあどうすればいいんですか?」
「切手を湯気ではがして裏を見ろ。きっと──助けて──と書いてあるはずだ。その場合は警察でも外務省でもどこでもいいから助けを求めてほしい」
「ふむふむ、なるほど」
「次は俺は帰ってきたが、どうも様子がおかしい場合だ。そういう時は俺に話しかける時池端くんと声をかけてくれ。お前はいつもさん付けで俺を呼んでいるので、くん付けで呼んでも俺が普通にしている時は、その俺は偽物だ。その場合は警察でも外務省でも(以下略)」
という打ち合わせだった。ごめんね北の人。微妙な国際情勢なので緊張しますよ。
それから色々あって成田空港から北京空港へ。北京市内で一泊していよいよ北朝鮮向かうことになった。
案内をしてくれるのは在日の方々。
平壌への便は週に二回しかないらしい。
で、乗ったのが朝鮮民航機。機種は私には分かりませんが中型の旅客機でした。
座席はビジネスクラスで上から2番目のクラスのチケットをとってくれた。
わーい。エコノミーにしか乗ったことがないのでわくわくしながら乗り込んだら、どこも同じ座席でクラスをカーテンで仕切っただけだったりする。
座席が広いとかそういうことは一切ない。
うーむ……。
で、真夏なのにものすごく蒸し暑い。
クーラーはどうしたのだろうと思ったら、飛び立つまではスイッチは入れないとのこと。
どういうビジネスクラスなんだよ。まあ、ただなので文句も言えんが。
でもたまらなく暑い。どうしたものかと目の前の座席の背中を見たら、ポケットに団扇(うちわ)が入っている。冷房は団扇かよ。
後ろの方の席を見てみたら、お客さんは全員パタパタやっている。
なかなかのカルチャーショックだ。
そんなこんなで離陸して、水平飛行に入った頃、機内がだんだん涼しくなってきた。でもこれってクーラーのせいじゃなくて、上空の気温のせいで涼しいのでは?
腹が減ったなあと思っていたら、昼食の機内サービスが始まった。
出てきたのはサラダとパン。
サラダは野菜とトマトをスライスしたもので、それが大きな皿にのせられてラップでくるんである。
まるで用事で出かけたオカンが寝坊した俺のために用意して戸棚に入れておいてくれた昼食よようだ。
なんだかとても機内食とは思えないものすごく家庭的なしろものだった。
まあ、見てくれと量は少なかったけど味はまあまあ普通でした。
食糧難の話は聞いていたが、この先大丈夫なのだろうか。
そんなこんなで未知の国に対する大きな期待と同じ量の不安をのせて朝鮮民航機は東へ飛ぶのであった。
つづく
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