北朝鮮渡航記 第2話 ホテルで盗聴器を探す
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■北朝鮮渡航記 第2話
平壌空港に滑り込むように着陸した朝鮮民航機がタキシングしている最中に窓の外を見ると、遠くの茂みから対空機関砲の銃身が顔を出していた。
うーむ。
この国が準戦時体制だということが嫌でも思い出される。
1950年6月25日に始まった朝鮮戦争は1953年7月27日で和平の結末をむかえたわけではなく、現在は長い休戦状態なのだ。
入国審査を終えた我々視察団六人と案内役の在日の方々三名が空港の外に出てみると、四台の車が迎えに来ていた。
一台は黒塗りの古いベンツ。他は日本車だった。
日本車の種類は分からない。
私は工業高校の自動車科を卒業しているのだが、車には全く興味がないという不幸な人間だったので日本車の車種の見分けは全くつかないのだ。
ベンツには団長役のKさんと在日の方のリーダーのMさんが乗り、私を含む他の人たちは日本車に分乗して出発した。
平壌市内までは舗装はされこそすれ畑の中を貫いたような田舎道だった。
しばらくの間見るものと言えば畑か田んぼばかりである。
行き来する車の数は少ない。なんだか故郷の北海道みたいだ。
時折農作業の帰り道なのだろう人々の集団とすれ違う。
全員がやや粗末な身なりで歩いていたな。
途中で水牛を観た時には驚いたな。
東南アジアあたりの映像では見たことがあったが間近で見るのは初めてだった。
市内が近づくと道が急に広くなり車線も増える。
最初に目についたのは巨大な凱旋門。
なんでもパリの凱旋門よりでかいそうだ。
私たちの乗った車はその下をくぐって市内に入っていった。
凱旋門をくぐるということは歓迎の意味を示しているという。
いわれてみれば我々以外の車は門の外側の道を走っている。歓迎されて悪い気分はしない。
凱旋門をくぐってまもなくすると宿泊するホテルについた。市内では有名な高級ホテルだとのこと。
平壌駅が近いらしいので暇が出来たら行ってみようと思う。
ロビーで部屋割りが発表された。私はIさんと同室だ。
Mさんから今後の予定が発表された。今日はこの後は夕方から食事をし、アニメスタジオ訪問は明日以降になるそうである。
さて2020年になってこの時宿泊したホテルはどこだったかなとWikipediaで探っていたら画像が見つかった。
平壌高麗ホテル – 中区域東興洞(蒼光通り)。高さ140m、45階建てのツインタワー。最上部は両タワーとも回転レストランになっている。500客室。
なんでも格付けは『1級』のさらに上の『特級』なのだそうだ。
奮発したのだなあ。
さて1992年に時を戻そう。
ミーティングが終わりそれぞれがボーイに案内されて部屋へと向かう。
部屋に入りボーイが去った後、私とIさんはテーブルやベッドの下を探りはじめた。
盗聴器の有無を調べるためである。
Iさんはこの旅行で初めてお会いしたかたで、それまでほとんど会話らしい会話をしていない。
そんな二人がこの作業を事前の打ち合わせもなしにやっているところが今考えてもすごいと思う。
BGMはミッション・インポッシブルを流してもらえるとありがたい。
二人の男は無言で室内を回り壁を叩いたり、ベッドのマットをひっくりがえしたりする。
ざっと室内を調べたところでIさんはサイドテーブルの電話の受話器のキャップを回しはじめた。
私は表に出て廊下を歩測した。
部屋に戻るとIさんは分解した電話機を元に戻し終わったところだった。
「電話に仕掛けはないようです。外はどうでした」
「歩測してみたのだが、部屋の壁に不自然な40㎝くらいの厚みがあります」
「うーむ。人一人なら入り込めそうですねえ」
なんてことをけっこう真面目にやった。
まるでスパイ映画の登場人物のようである。いい大人がね。でも事前にいろんな資料を読んでいたので怖かったんだよ。ホントに。
※ 後日北朝鮮に関する諸々の旅行記を読んでいたら、盗聴器は部屋の観葉植物の鉢の中に隠されていたと書いてあった。うーむ、そこには気づかなかったなあ。
さて、夕食は皿に薄く盛られたご飯とプルコギ、キムチにスープという実にあっさりしたもの。
北朝鮮料理を期待していたのだが少々残念ではある。しかも、ご飯のおかわりは無しだ。
食事をあっというまに平らげてしまい、全員が手持ちぶさたになってしまった。
すると在日代表のMさんが、
「最上階に回転ラウンジがあるのですが、そこでお酒でもどうです?」と誘ってくれた。
そりゃあいい、夜景でも楽しみながらくつろごうということになって全員エレベーターに乗り最上階に向かった。
私はあまり飲めない方なのだが、何もすることがないので行きました。一人で部屋に残るのはなんだか怖いしね。
回転ラウンジは広くムードも良かった。
でも夜景がない。というか見えない。外にあるほとんど全部の建物の明かりが消えているからガラスの向こうは真っ暗。何にも見えない。
見えるのはガラスに映っている唖然とした我々の顔だけ。
思い切りガラスに顔を近づけて暗闇に目が慣れてきてやっとビルのシルエットが見える。
夜と言ってもまだ8時くらいなのにまるでゴーストタウンのようだ。
なんでもエネルギー節約のために必要最小限の明かりを残して一般のアパートなんかは消灯しなければならないらしい。
街のネオンサインなんかはもってのほかだそうだ。そこまで追い込まれていたか北朝鮮。
いったい何のための回転ラウンジなのだろう。
そもそもエネルギーを節約するなら回転させなきゃいいのでは?
うーむ。彼らの考えることはよく分からん。
部屋に戻っても真っ暗な町並みの風景が頭にこびりついて離れない。
明日のスタジオ訪問は大丈夫だろうか?
ほの暗い不安を胸に平壌の夜は深々と更けてゆくのであった。
つづく