昭和アニメ話 先輩は何でも知っている
新人時代には色々な失敗をやった。
撮影済みのフィルムの入ったマガジンを暗室に持ち込み、現像所に持ち込むラボ缶という平たい缶にフィルムを詰め直す作業を初めてやった時のこと。
ちなみにこれをフィルムを切ると言う。
下の画像のカメラの上部についているのがフィルムが入っているマガジンだ。
練習は何度もやっていた。
練習用フィルムという撮影には使わないフィルムを使い、明るい部屋で何度も練習し、それが出来るようになると目をつぶってその作業をやってみる。それが完璧に出来て初めて本番である。
「そろそろやってみる?」と先輩に言われた私は、威勢良く、「はい」と返事をしてマガジンを手に取った。
入社してやっと技術屋らしい作業をさせてもらう喜びと緊張で手が震えたのを覚えている。
私はマガジンを暗室に持ち込みドアに鍵をかけた。作業途中で誰かに開けられてしまったらフィルムが感光してアウトだからである。
撮影済みのフィルムを入れる黒い袋とラボ缶を用意する。
何度もドアの鍵がかかっているのを確かめて、フックからハサミを取り、マガジンから出ているフィルムを切断する。
ここで暗室の明かりを消す。
真っ暗な中でマガジンのふたを開ける。
ここまでは完璧だった。
マガジンからフィルムを取り出そうとした時に、右手に持ったハサミが邪魔なことに気がついた。
ハサミをフックにかけようと手を伸ばしたら、運の悪いことにすぐそばにある明かりのスイッチを押してしまった。
本来あってはならない明るい光景に私は慌てた。
「うわっ!」っと心の中で絶叫し、私は飛び込むように目の前のマガジンを上体で覆った。
戦争映画で塹壕に転がり落ちてきた手榴弾の上に腹這いになる歩兵のような状態である。
すぐに明かりを消したが、その間二秒ぐらいあっただろうか。
フィルムが感光してしまったのは明らかだった。
私は迷った。このまましらばっくれて現像所にフィルムを送るべきか、ちゃんと先輩にわけを話して撮り直してもらうべきか。
私の脳裏に半日かけて撮影したカットが走馬燈のように浮かんでは消えた。
あー、あんなに苦労したのに。先輩にしかられるー。
撮影所は結構体育会系なのである。
二十分以上暗闇の中でさんざん悩んだ末に私は先輩の所へ行き理由を話をすることにした。
現像所から感光したフィルムがあがってきたら、もっと大ごとになると思ったからだ。
休憩室に行き、どう切り出そうか迷っていたところ、先輩は涼しい顔でこう言った。
「明るいところでマガジンのフタでも開けたの?」
「はい? は、はいっ!」
いきなり図星を突かれて気が動転したが、正直に説明した。
先輩はあきれた顔をしたが、しかりはしなかった。
それから二年後、私に後輩が出来た。
その後輩が仕事になれてきた頃、
「フィルムを切る練習はしているんだろ? そろそろやってみるか?」と撮影の終わったマガジンを渡した。
後輩は緊張気味に暗室に入って行き、なかなか帰ってこなかった。
戻ってきたのは二十分もたった頃だろうか。
「あのう……」
言いよどむ彼の顔色は幽霊のように青い。
私はできるだけ落ち着きはらって涼しい顔で言った。
「お前、明りをつけたままマガジンのふたを開けただろう」
彼は驚愕して私を見た。
「えっ!? どうしてわかったんですか?」