父の8月15日(終戦)

父から聞いた話である。
終戦当時父は横須賀の海軍基地にいた。
年齢は17歳。血気盛んな頃である。
1945年8月15日昼、全員が練兵場に集められラジオから流れる玉音放送を聞き敗戦を知った。

放送終了後に上官から普段の課業は無くなったことを告げられ、解散となった。
皆は呆然としてグランドに佇んでいた。
敗戦に対するショックからではなく、何もすることがないからだ。
手持ち無沙汰になった班の仲間たちと集まり、これからどうなるのだろう、どうすればよいのだろうと将来の不安を語っていると集合がかかった。
書類などを保存しておく部屋で、待ち構えていた上官に、
「この部屋の書類を今日中にすべて燃やしてしまえ」と命令された。
班の皆は敗戦を知った時より動揺した。
そこにあるのはすべて機密・極秘にあたる書類ばかりだったからだ。
取り扱いには厳重な注意が必要だと(時には文字通り拳で)叩き込まれてきたものなのだ。
軍隊で上官の命令は絶対であるがこれには流石に躊躇した。
そんな様子を見ていた上官は、
「機密書類を敵に渡すわけにはいかん。だから徹底的に処分しろ」
「本当にいいのですか?」
「かまわん、やれ!」
上官の許しが出て班の皆は一斉に棚に飛びかかり、腕の中いっぱいに書類を抱えて外へと飛び出した。
空き地にはドラム缶の焚き火があり、別の班が焚べた書類で大きな炎が上がっていた。
父は仲間と一緒に一心不乱に書類を燃やした。
とりあえず何かすることがあるので将来の不安はこの時はかき消えていた。
父は半ばやけくそになってドラム缶の中に書類を投げ入れ続けた。
『機密』『極秘』などと判を押された書類の束がメラメラと燃えてゆく。
父は真っ青な空に吸い込まれるように立ち昇る煙を眺めながら、ああ本当に戦争が終わったのだなと思ったそうだ。


