自衛隊前史 警察予備隊こぼれ話 整列時の日米の違い
警察予備隊(けいさつよびたい、英語表記:Japan Police Reserve Corps(J.P.R)又は、National Police Reserve)とはは、Wikipediaによれば、
日本において1950年(昭和25年)8月10日にGHQのポツダム政令の一つである「警察予備隊令」(昭和25年政令第260号)により設置された武装組織。1952年(昭和27年)10月15日に保安隊(現在の陸上自衛隊)に改組されて発展的解消をした。
とあり朝鮮戦争時に日本の米軍が朝鮮半島に出兵してしまい、日本国内における防衛兵力・治安維持兵力が空にならないように誕生したのが警察予備隊だ。
その警察予備隊の一期生に私の父は志願した。
父は15歳で海軍に志願し17歳で終戦を迎えている。
海軍出身の父がなぜ後の陸上自衛隊に入隊したのか本人に聞いたところ、
「海軍はもういい」
と言っていたので、昔なにかあったのかもしれない。
で、なぜ警察予備隊に入ろうと思ったのか本人に聞いたところ、
「日本を守りたかった」
と言っていた。
さて警察予備隊であるが、
1950年10月12日までに74,158名が管区警察学校に入校。採用された隊員の全てが一律に2等警査(現在の2等陸士)に任命された。
父の証言によれば校長はアメリカ人の大佐だったそうである。
訓練の初期段階で非常呼集がかかり、隊員全員が屋外のグランドに集合し手際よく整列していった。
まず最初にグランドに着いた一人を基準点として前後左右に間隔をとり、あっという間に十人一列の束として整列していった。
当時の隊員の殆どは軍隊経験があり集合・整列はお手の物だったそうである。
ところがそれを見ていた大佐は通訳を通じてこう言ったそうである。
「君たちのやり方は間違っている」
みながぽかんとしていると大佐は一人づつに番号を振っていった。
「君は一列目の一番。君は一列目の二番。君は一列目の三番」
それを聞いていた隊員たちは、アメリカ人は馬鹿なんじゃないかと思ったそうである。
俺たちの方が圧倒的に早いじゃないか。
ところがこの方法はあながち間違いではないという話に変わったそうである。
日本式は訓練により精鋭を鍛え上げる。
整列はアメリカ式より早い。
ところがこの集団に新兵たちが入るとまた一から訓練のし直しとなり、集団の質は新兵が入る前と後では変化が大きい。
アメリカ式は新兵が来たその日から迷うこと無く列に並ぶことができる。
集団の質の変化は少ない。
どっちが良いのかは私には分からない。
はたして今の自衛隊はどうなっているのだろうか?
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